よくある問題/トラブルの類型

別項「インドネシア法務の特徴」に詳述したとおり、インドネシアでは、問題/トラブルを生じさせない企業体制の構築が何よりも重要であり、そのためには、まず、実務で生じている問題/トラブルの類型を把握することが肝要といえます。

そこで、以下では、実務で生じている問題/トラブルの類型を、その対策も併せていくつかご紹介します。

なお、下記「対策」中に赤字で表記した対策は、筆者の経験上、従前は実務において有効にワークする形で実行することが容易ではなく、本サイトで提供するサービスを活用いただくことにより改善が図られると考える部分です。

(1) 当局による査察

インドネシアでは、出入国管理当局、労働局、地方政府等による査察が不定期に行われ、それにより違反が発見されれば、是正要請、国外退去要請、国外逃亡防止措置としてのパスポートの一時没収、身柄拘束等が、違反の程度や査察の性質/目的に応じて科されることとなります。また、査察官より、罰則を免除する代わりに金銭を支払うよう求められたとの話を聴くこともあります。

この査察には、日系企業からの相談内容に照らし、①監督を目的とするもの、②監督を目的としてはいるものの、集金の意図を伴うと思われるもの、③会社に不服を持つ者のリークに起因して行われたと考えられるもの、等が存在するようです。

上記②については、当局に集金の意図があったとしても、査察により違反が発見されなければ金銭の支払いを求められることはないケースが多いようです(ただし、特定の時期には、査察とは無関係の寄付を求められるようなケースはあるようです。)。

したがいまして、①及び②の査察に対しては、日々の業務の中でコンプライアンス面での疑問を感じた場合にそれを放置せず、速やかにその妥当性を確認し、必要な是正措置や当局への説明の事前準備等を行うことができる体制を構築しておくことが重要となります。また、査察時には現地スタッフへのインタビューが行われるため、日頃より現地スタッフの教育や信頼関係の構築を行っておくことも重要です。

③については、後述する「(2) 現地スタッフ/現地企業等の報復的行為」をご参照下さい。

(2) 現地スタッフ/現地企業等の報復的行為

現地スタッフ/現地企業等と日系企業又はその日本人駐在員との関係が悪化した場合、看過することができない大きな問題/トラブルに発展し、駐在の継続が困難な状況となることがあります。

例えば、会社又は会社の特定の日本人駐在員に不服がある現地スタッフ等が会社の法的問題点を当局にリークして査察を行うよう要請し、実際に査察が行われて駐在員が国外退去処分や退去要請を受けたとの相談を受けたことが何度かあります(この種の相談では、リークの明確な証拠まではないものの、当局が何の前触れもなく査察に入り、違反の証拠の所在場所をピンポイントで特定する等、情報のリークを強く示唆する状況証拠が存在するのが通常です。)。

また、大掛かりな事案として、日系企業に不服をもつ現地企業が限度を超えたデモ行為を繰り返し、警察に相談しても事前に根回しがされているためか対処してもらえず、身の危険を感じる状況に至ったような事案もありました。

この種の問題/トラブルは、当然のことながら、現地スタッフ/現地企業等との関係を良好に保つことが対策となります。また、現地スタッフとの良好な関係は、ビジネスの遂行を円滑にし、査察への対応を最適化し、現地スタッフによる不正行為を予防する見地からも重要です。

上記対策との関係において、現地スタッフとの関係を、必要な注意や指導は行いつつ、良好に保つことに成功している駐在員の話を伺うと、現地スタッフが不利益と感じるであろう対応を行う場合には、その対応が法令や契約に照らして妥当なものであることを事前に確認し、場合によっては他社事例等も確認し、現地スタッフに対して説得的でロジカルな説明を行うための準備を整え、現地スタッフが理不尽な扱いを受けているとの疑念を抱かないように注意を払われている方が多いように感じます。

したがいまして、現地スタッフが不利益と感じるであろう対応を行う場合には、事前にその対応が法的に妥当なものであることを確認し、それを現地スタッフの納得が得られる形で説明することができるように、出所が明確で確度の高い情報を適時に入手することができる体制を構築しておくことが有用と考えます。

他方、現地企業との関係につきましては、キックバックの問題やその現地企業との関わりの中で生計を立てている周辺住民の感情が関係してくる場合もあり、対応が難しいケースが多い印象です。まずは、そのような現地企業の存在に関する情報を他社より入手し、仮に問題となり得る現地企業が存在する場合は極力接点を持たないようにし、そのような対応が難しい場合は、他社の対応も参考にしつつ、細心の注意を払いながら契約を締結する等の対応が必要となります。

(3) 現地パートナーによる法務対応のブラックボックス化

インドネシアでの子会社を、現地パートナーがある程度の割合の株式を保有する合弁会社として設立する場合は、法務対応のイニシアチブを現地パートナー側が握ることが少なくありません。現地パートナーの方が現地の実情や現地法律事務所へのアクセスに明るいため、現地パートナーが積極的に法務面の対応を行う意向を示している場合、日本側が主導する形に調整することは難しいようです。

そのような形態のインドネシア子会社の中には、日本法上の持分法適用会社や場合によっては連結子会社に該当するにもかかわらず、その法務対応の妥当性を日本側で適時に把握することが困難なブラックボックス化が生じている会社が存在するように感じます。

事後救済を期待することができず、問題/トラブルを発生させないことが重要となるインドネシアの子会社について、その法務対応の妥当性の把握が困難となっている状況は問題があると言わざるを得ません。

上記のような会社の駐在員に話を伺うと、日本側のイニシアチブで法律事務所等への相談や顧問契約の締結を行うことは、事案の重要度により例外はあるものの、一般的には現地パートナーとの信頼関係維持や費用の問題から簡単ではないようです。したがいまして、そのような会社において現地パートナーによる法務対応のブラックボックス化を防ぐためには、現地パートナーが主導する法務対応の妥当性をチェックするための情報の入手手段を、現地パートナーから独立し、現地パートナーとの信頼関係に影響を与えず、費用面で過大な負担とはならないものとして確保しておくことが必要といえます。

(4) 現地パートナー/現地スタッフの不正行為

インドネシアの日系企業からは、現地パートナー/現地スタッフによる金銭の不適切な使用、横領、業者からのキックバック等の不正行為に関する相談をしばしば受けます。

インドネシアで事業を行うにあたり、その実務対応を現地パートナー/現地スタッフに頼る部分が増えるのは当然のことですが、その依存の度合いが増し、十分な監督が行われず、その状態がある程度の期間継続した場合、不正行為のリスクが高まるように感じます。

不正行為の防止については、各社が様々な取組みを複合的に行っています。

その複合的な取組みの1つとしてお勧めするのは、現地パートナー/現地スタッフから独立した情報の入手手段を確保し、現地パートナー/現地スタッフの言動の妥当性を適宜チェックすることができる体制を構築しておくことです。

このような体制を構築し、現地パートナー/現地スタッフの言動の妥当性に疑義がある場合はその都度確認して注意等を行うことで、現地パートナー/現地スタッフに対して会社が不適切な言動を放置しない方針であることを示すと共に、その言動の法的妥当性をチェックする手段を有していることを示すことができ、不正行為の早期発見や抑止効果が期待できます。

(5) 現地パートナー/現地スタッフによる間違い

現地パートナー/現地スタッフの判断や情報に誤りがあり、それが原因で大きな問題に発展してしまったケースについても度々相談を受けます。

この種の問題は、事業を行う上で一般に生じる問題ではありますが、インドネシアでは多くの情報ソースがインドネシア語であるため、現地パートナー/現地スタッフの判断や情報の妥当性をチェックすることが容易ではなく、不適切な判断や情報が見過ごされ易いという特殊性があります。

この種のリスクは、現地パートナー/現地スタッフから独立した情報の入手手段を確保し、現地パートナー/現地スタッフの判断や情報の妥当性を適宜チェックすることができる体制を構築しておくことで軽減することが可能です。

また、そのような体制の構築は、当局との折衝/面談を行う際にも有用です。すなわち、そのような体制を活用して当局との折衝/面談に臨む前に必要な情報を入手し、折衝/面談で確認すべき事項を検討し、それを面談に同席する現地パートナー/現地スタッフらに事前に共有しておくことにより、折衝/面談をより効果的なものとすることが期待できます。

(6) 関係解消時のトラブル

現地パートナーとの関係を解消する場合や現地スタッフを解雇する場合には、大小様々な問題が生じますが、その内容は、関係が良好であった頃には想像もしなかったものとなることが少なくありません。

また、関係解消時には、現地パートナー/現地スタッフが過去に遡って会社の業務上の法的な問題点を指摘し、場合によってはその問題点に基づく告訴や訴訟の可能性を示唆し、自身に有利な形で交渉を進めようとすることも少なくありません。この現地パートナー/現地スタッフによる問題点の指摘は、関係解消とは直接関係のない主張ではありますが、告訴や訴訟が実際に行われるリスクは現実にあり、無視して良いものではありません。

まず重要なのは、現地パートナー/現地スタッフとの合弁契約や雇用契約、会社定款、就業規則等を、関係解消時にトラブルが生じることを想定して作成しておくことです。関係が良好な契約締結段階では、関係解消時の状況を具体的に想像することは難しく、良好な関係を維持し発展させることを優先しがちですが、「最後には紙しか残らない」と言われるように、関係が破綻して信頼関係が失われた場合、相手方に対して何かを請求できる根拠は法律と契約書面のみとなってしまうことを忘れてはなりません。

また、現地パートナー/現地スタッフが過去の行為の問題点を指摘するリスクについては、その余地を与えないために、日々の業務の中でコンプライアンス面での疑問を感じた場合にはそれを放置せず、速やかにその妥当性を確認し、必要な是正措置等を行うことができる体制を構築しておくことが重要といえます。

(7) 専門家の助言の不安定さ

上記(1)ないし(6)とは性質の異なる問題として、駐在員からは、現地の法律事務所やコンサルの回答が不安定であり、同一の論点につき回答が分かれた場合にどちらを信用して良いか分からない、といった悩みを頻繁に聞きます。

そのような状況が発生した場合は、双方の専門家に状況を説明することでいずれかの回答に収束することもあるようですが、双方が自身の見解を譲らないことも少なくなく、そのような場合は、いずれの見解が妥当かを確定することができないまま意思決定をしなければならないこととなってしまいます。

この問題に対しては、専門家の回答の妥当性を精査することができるだけの確度を備えた情報を入手する手段を確保しておき、その情報に照らして専門家の回答に疑義が認められる場合は、その疑義の根拠である法令の条文を明示して専門家に再考を求めるのが有効です。

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